注目コンビ『からし蓮根』ハイスペックな”かわいげ”で急成長
2019.07.10
今回から始まる新連載「中西正男の『そら、この芸人さん、売れるにきまってる!』」。20年以上、芸人さんを間近で取材してきた筆者が、芸人さん、作家さん、メディアの皆さん、劇場の皆さんたちと日々話す中で「この人は間違いなく売れる!」と確信した人たちを紹介する連載です。もう赤土を突き破っている竹ではなく、わずかに地面を押し上げているタケノコの穂先。今はまだプロにしか気づかれていないが、近い将来、屹立するであろう逸材。そんな芸人さんを、僭越ながら、私の独断でピックアップしていきます。初回は熊本県出身で、2013年に杉本青空さんと伊織さんが結成したコンビ「からし蓮根」です。
―今のお仕事の状況は?
杉本:ありがたいことに、去年に比べたらだいぶ忙しくなりました。週4日ほど(大阪・難波にある若手のホームグラウンド)「よしもと漫才劇場」に出ているのがメインで、テレビなどにもちょこちょこと出してもらっています。
伊織:レギュラーとしてはラジオ関西「さしよりからし蓮根」。あと、9月から(映像配信サービス)大阪チャンネルの番組「もっともっとマンゲキ」でMCをやらせていただきます。
―もともと、熊本のご出身で、高校の同級生だったんですよね。
杉本:熊本にいる頃からコンビを組んで漫才をやってたんです。僕は絶対に吉本興業に行くつもりで大学も関西の大学を選んでいました。ただ、ここは人生をかけた話になってくるので伊織に無理強いすることはできなかったんですけど、結果的に伊織も一緒に関西に行くことになり、大阪のNSCに入ったという流れなんです。
伊織:ただ、最初は全く関西弁になじみがなかったので、正直、怖かったですね…。いきなり濃厚なところに出くわしたのかもしれませんが、阪神帽をかぶったおじさんが関西弁で叫び散らしながら歩いていたのを見て、完全にたじろいでしまいました…。
―それはまた、かなりの“上級”から入りましたね…。ただ、それでなくとも分からないことだらけの大阪の街だったと思いますが、その中で、とりわけお世話になった先輩はいらっしゃいますか?
伊織:オール巨人師匠ですね。巨人師匠が大阪・天満でされているスナックで、大阪に来た頃からずっとアルバイトをさせてもらいまして。去年の末までは働いてたんですけど、ありがたいことに、仕事が忙しくなって卒業させてもらった感じで。ただ、今は劇場とかテレビ局でお会いすることが増えて、これはこれで、うれしいことだと思っています。
―確か、巨人さんが「自分の服もプレゼントできるし、大きな若手を働かせたい」と探していたところ、身長190㌢の伊織さんが採用されたというお話でしたよね。
伊織:実際、たくさんいただきました。当然、師匠が着てらっしゃるものなので、とても良い服ばかりでで、なぜか、超若手が服だけはすごいものを着ているという異常な状況にもなってましたけど(笑)。
杉本:確かに、見たら「なんで!?」と思いますよね(笑)。
伊織:服だけでなく、師匠からはありがたい言葉もいただきまして。最初からずっと言われていたのが「やめんときや」ということでした。僕らは熊本出身で、言葉が関西弁ではないので「方言を出すスタイルは浸透するまでに時間がかかるけど、貫けば道ができる。だから、やめずにとにかく続けなさい」ということを言ってもらいまして。
杉本:これまた言葉だけでなく、伊織がお世話になっている流れで、1年目の頃から師匠にネタも見ていただきまして。劇場の楽屋にうかがってネタをするんですけど、ムチャクチャ緊張しました。伊織はバイトで会ってますけど、僕は純粋に「うわ、オール巨人さんや」となりますし(笑)。
―巨人さんは、どんな空気で見てらっしゃるのですか?
杉本:ニコニコと、時折笑いながら見てくださってました。終わってからアドバイスをくださって、また後日ネタも見てくださった。この上なくありがたいことなんですよ。大師匠に直接見ていただくなんて。ただ、ただ、僕が音を上げてしまいまして…。師匠の楽屋で目の前でネタをやる重圧には耐えられんと(笑)。ただ、これもすごいめぐりあわせでもあるんですけど、今年1月、僕らが出場した「ytv漫才新人賞決定戦」の審査員が巨人師匠。バリバリの本番というか、真剣勝負の場でまた巨人師匠にネタを見てもらうことになり、そこで優勝することができた。これは、幾重にも感慨深かったです…。
―一つの恩返しとも言えますものね…。これからさらに二人で飛躍を目指すわけですけど、改めて相方さんの“好きなところ”はどこですか?
杉本:人間味があると言うか…、いや、本当に人間味の塊なんですよ。すごく不器用だし。中でも、一番面白いのは“自分の恥ずかしいことを言わない”というところです(笑)。
伊織:…。
杉本:そうなんです!何かイヤなことがあったり、ネガティブなことがあったら、へこみもしますけど、芸人やったら、それを舞台やテレビでしゃべれるというポジティブな思いにも繋がるものなんです。でも、伊織はそういう話を一切、人前でしないんです。最初は「芸人やったら、言えよ!」とも思ってたんですけど、そこも一周して、それも良さなのかなと。人と違うという意味で。
―あらゆる失敗も笑いに変えて前に進む。それが芸人さんの世界の素敵な部分だと僕は思ってきたのですが、それを一切言わないという、まさかの選択肢をお取りになると(笑)?
杉本:おそらく大阪でも最も人通りが多いであろう、なんばグランド花月近くの十字路があるんです。そこのど真ん中で、伊織が前の彼女とものすごいケンカをしていたところを芸人仲間が目撃した。そんな話、ちょうど良いくらいのエピソードにも思えるんですけど、それを舞台でも言うと「おーい、やめ!やめ!」みたいなポップなリアクションじゃなく、シンプルに不機嫌になってるんです(笑)。そんな芸人見たことない!だから、いいのかなと。
伊織:いや、あの、そこでワーッと言うような、ポップなノリができないんです…(笑)。
杉本:そこがすごく好きなところで、小手先の部分がないというか。全部、ホンモノの反応がくる。そこが本当に面白いなと。
伊織:僕が考える相方の好きなところは、いい意味で頑固と言うか、全く折れないんです。お客さんが劇場付近で出待ちをしていても、全員に塩対応というか…。「オレは漫才だけや!舞台だけや!そんなところで媚は売らん!」というストロングスタイルが過ぎると言いますか(笑)。
―こんなことを尋ねるのもナニですけど、どんな感じの塩対応なんですかね。軽い感じで「どうも」とだけ言うとか?
杉本:これはね、何と言うのか…。軽く「どうも、どうも」という感じではないんです。ちゃんと「ありがとうございます」とは言うんです。ただ、そこに心がこもっていない(笑)。
伊織:一番ダメなやつです…。
杉本:これはね、最初は“自分への戒め”として、温かい声援をいただくことはうれしいけど、うれしいからこそ、その声援で舞い上がってはいけない。それをずっと自分に言い聞かせていたんです。それがゆがんで絡まって癒着してしまいました(笑)。
伊織:そうなんです。本当に、最悪なんです。
杉本:これは、ガチンコでアカンやつではないですかね…。ここをフィーチャーしたら、売れるもんも売れんのとちゃいますかね(笑)。
■取材後記
「芸人さんが売れるために必要なことは何だと思いますか」。仕事柄、よく聞かれる質問でもあります。もちろん腕も要るし、運もあるし、時代もある。あらゆる要素が必要で、だからこそ、売れることは容易なことではありません。どれか一つに絞ること自体が、ナンセンスなのかもしれません。
ただ、それでも、それでも、こういった文脈で僕がいつも答えているワードがあります。“かわいげ”です。どんなキャラクターの人でも、売れている人には必ずかわいげがある。
目に見える部分でのかわいげ。そして、にじみ出るかわいげ。この人をまた仕事に呼びたい。それが続くことが“売れる”という状態です。人を選ぶのは人であり、そこで大きな要素になるのは、実はかわいげだと僕は強く思っています。
それでいうと「からし蓮根」のお二人は、それぞれがそれぞれの色でかわいげがある。二人ともハイスペックなかわいげがあるコンビはなかなかいません。取材は二人の楽屋で行いましたが、楽屋に入る前よりも、楽屋を出る時の方が、背筋がピンと伸び、足取りが軽くなっている自分がいました。相手にヒーリング効果すら与える(笑)、良質なかわいげ。どこまでも育つであろう竹の成長を、ピンと伸びた背筋を利して見守りたいと思います。
執筆者プロフィール
中西 正男(なかにし まさお)
1974年生まれ。大阪府枚方市出身。立命館大学卒業後、デイリースポーツ社に入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚などを大阪を拠点に取材。桂米朝師匠に、スポーツ新聞の記者として異例のインタビューを行い、話題に。2012年9月に同社を退社後、株式会社KOZOクリエイターズに所属し、テレビ・ラジオなどにも活動の幅を広げる。現在、朝日放送テレビ「おはよう朝日です」、読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」などにレギュラー出演。また、Yahoo!、朝日新聞、AERA.dotなどで連載中。
―今のお仕事の状況は?
杉本:ありがたいことに、去年に比べたらだいぶ忙しくなりました。週4日ほど(大阪・難波にある若手のホームグラウンド)「よしもと漫才劇場」に出ているのがメインで、テレビなどにもちょこちょこと出してもらっています。
伊織:レギュラーとしてはラジオ関西「さしよりからし蓮根」。あと、9月から(映像配信サービス)大阪チャンネルの番組「もっともっとマンゲキ」でMCをやらせていただきます。
―もともと、熊本のご出身で、高校の同級生だったんですよね。
杉本:熊本にいる頃からコンビを組んで漫才をやってたんです。僕は絶対に吉本興業に行くつもりで大学も関西の大学を選んでいました。ただ、ここは人生をかけた話になってくるので伊織に無理強いすることはできなかったんですけど、結果的に伊織も一緒に関西に行くことになり、大阪のNSCに入ったという流れなんです。
伊織:ただ、最初は全く関西弁になじみがなかったので、正直、怖かったですね…。いきなり濃厚なところに出くわしたのかもしれませんが、阪神帽をかぶったおじさんが関西弁で叫び散らしながら歩いていたのを見て、完全にたじろいでしまいました…。
―それはまた、かなりの“上級”から入りましたね…。ただ、それでなくとも分からないことだらけの大阪の街だったと思いますが、その中で、とりわけお世話になった先輩はいらっしゃいますか?
伊織:オール巨人師匠ですね。巨人師匠が大阪・天満でされているスナックで、大阪に来た頃からずっとアルバイトをさせてもらいまして。去年の末までは働いてたんですけど、ありがたいことに、仕事が忙しくなって卒業させてもらった感じで。ただ、今は劇場とかテレビ局でお会いすることが増えて、これはこれで、うれしいことだと思っています。
―確か、巨人さんが「自分の服もプレゼントできるし、大きな若手を働かせたい」と探していたところ、身長190㌢の伊織さんが採用されたというお話でしたよね。
伊織:実際、たくさんいただきました。当然、師匠が着てらっしゃるものなので、とても良い服ばかりでで、なぜか、超若手が服だけはすごいものを着ているという異常な状況にもなってましたけど(笑)。
杉本:確かに、見たら「なんで!?」と思いますよね(笑)。
伊織:服だけでなく、師匠からはありがたい言葉もいただきまして。最初からずっと言われていたのが「やめんときや」ということでした。僕らは熊本出身で、言葉が関西弁ではないので「方言を出すスタイルは浸透するまでに時間がかかるけど、貫けば道ができる。だから、やめずにとにかく続けなさい」ということを言ってもらいまして。
杉本:これまた言葉だけでなく、伊織がお世話になっている流れで、1年目の頃から師匠にネタも見ていただきまして。劇場の楽屋にうかがってネタをするんですけど、ムチャクチャ緊張しました。伊織はバイトで会ってますけど、僕は純粋に「うわ、オール巨人さんや」となりますし(笑)。
―巨人さんは、どんな空気で見てらっしゃるのですか?
杉本:ニコニコと、時折笑いながら見てくださってました。終わってからアドバイスをくださって、また後日ネタも見てくださった。この上なくありがたいことなんですよ。大師匠に直接見ていただくなんて。ただ、ただ、僕が音を上げてしまいまして…。師匠の楽屋で目の前でネタをやる重圧には耐えられんと(笑)。ただ、これもすごいめぐりあわせでもあるんですけど、今年1月、僕らが出場した「ytv漫才新人賞決定戦」の審査員が巨人師匠。バリバリの本番というか、真剣勝負の場でまた巨人師匠にネタを見てもらうことになり、そこで優勝することができた。これは、幾重にも感慨深かったです…。
―一つの恩返しとも言えますものね…。これからさらに二人で飛躍を目指すわけですけど、改めて相方さんの“好きなところ”はどこですか?
杉本:人間味があると言うか…、いや、本当に人間味の塊なんですよ。すごく不器用だし。中でも、一番面白いのは“自分の恥ずかしいことを言わない”というところです(笑)。
伊織:…。
杉本:そうなんです!何かイヤなことがあったり、ネガティブなことがあったら、へこみもしますけど、芸人やったら、それを舞台やテレビでしゃべれるというポジティブな思いにも繋がるものなんです。でも、伊織はそういう話を一切、人前でしないんです。最初は「芸人やったら、言えよ!」とも思ってたんですけど、そこも一周して、それも良さなのかなと。人と違うという意味で。
―あらゆる失敗も笑いに変えて前に進む。それが芸人さんの世界の素敵な部分だと僕は思ってきたのですが、それを一切言わないという、まさかの選択肢をお取りになると(笑)?
杉本:おそらく大阪でも最も人通りが多いであろう、なんばグランド花月近くの十字路があるんです。そこのど真ん中で、伊織が前の彼女とものすごいケンカをしていたところを芸人仲間が目撃した。そんな話、ちょうど良いくらいのエピソードにも思えるんですけど、それを舞台でも言うと「おーい、やめ!やめ!」みたいなポップなリアクションじゃなく、シンプルに不機嫌になってるんです(笑)。そんな芸人見たことない!だから、いいのかなと。
伊織:いや、あの、そこでワーッと言うような、ポップなノリができないんです…(笑)。
杉本:そこがすごく好きなところで、小手先の部分がないというか。全部、ホンモノの反応がくる。そこが本当に面白いなと。
伊織:僕が考える相方の好きなところは、いい意味で頑固と言うか、全く折れないんです。お客さんが劇場付近で出待ちをしていても、全員に塩対応というか…。「オレは漫才だけや!舞台だけや!そんなところで媚は売らん!」というストロングスタイルが過ぎると言いますか(笑)。
―こんなことを尋ねるのもナニですけど、どんな感じの塩対応なんですかね。軽い感じで「どうも」とだけ言うとか?
杉本:これはね、何と言うのか…。軽く「どうも、どうも」という感じではないんです。ちゃんと「ありがとうございます」とは言うんです。ただ、そこに心がこもっていない(笑)。
伊織:一番ダメなやつです…。
杉本:これはね、最初は“自分への戒め”として、温かい声援をいただくことはうれしいけど、うれしいからこそ、その声援で舞い上がってはいけない。それをずっと自分に言い聞かせていたんです。それがゆがんで絡まって癒着してしまいました(笑)。
伊織:そうなんです。本当に、最悪なんです。
杉本:これは、ガチンコでアカンやつではないですかね…。ここをフィーチャーしたら、売れるもんも売れんのとちゃいますかね(笑)。
■取材後記
「芸人さんが売れるために必要なことは何だと思いますか」。仕事柄、よく聞かれる質問でもあります。もちろん腕も要るし、運もあるし、時代もある。あらゆる要素が必要で、だからこそ、売れることは容易なことではありません。どれか一つに絞ること自体が、ナンセンスなのかもしれません。
ただ、それでも、それでも、こういった文脈で僕がいつも答えているワードがあります。“かわいげ”です。どんなキャラクターの人でも、売れている人には必ずかわいげがある。
目に見える部分でのかわいげ。そして、にじみ出るかわいげ。この人をまた仕事に呼びたい。それが続くことが“売れる”という状態です。人を選ぶのは人であり、そこで大きな要素になるのは、実はかわいげだと僕は強く思っています。
それでいうと「からし蓮根」のお二人は、それぞれがそれぞれの色でかわいげがある。二人ともハイスペックなかわいげがあるコンビはなかなかいません。取材は二人の楽屋で行いましたが、楽屋に入る前よりも、楽屋を出る時の方が、背筋がピンと伸び、足取りが軽くなっている自分がいました。相手にヒーリング効果すら与える(笑)、良質なかわいげ。どこまでも育つであろう竹の成長を、ピンと伸びた背筋を利して見守りたいと思います。
執筆者プロフィール
中西 正男(なかにし まさお)
1974年生まれ。大阪府枚方市出身。立命館大学卒業後、デイリースポーツ社に入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚などを大阪を拠点に取材。桂米朝師匠に、スポーツ新聞の記者として異例のインタビューを行い、話題に。2012年9月に同社を退社後、株式会社KOZOクリエイターズに所属し、テレビ・ラジオなどにも活動の幅を広げる。現在、朝日放送テレビ「おはよう朝日です」、読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」などにレギュラー出演。また、Yahoo!、朝日新聞、AERA.dotなどで連載中。
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