お笑いが競技化している今、その先にあるもの

2021.11.12

お笑いが競技化しています。『M-1グランプリ』『キングオブコント』『女芸人No.1決定戦 THE W』……各テレビ局が開催するお笑いコンテストはどれも花盛り。こういった賞レースは、テレビ番組としてドキュメント性が高く、昨今批判されがちなバラエティーの内輪ノリや悪イジリと違って、出場者たちの真剣勝負が好感を持って見られています。まるでスポーツのように。

審査については毎度いろいろと物議を醸すようですが、お笑いはスポーツではないので、そこは仕方ないでしょう。実績ある先輩たちが「キミたち、いいね!」と評価することは、むしろ細部まで見てもらえるメリットがあり、もちろんそれは公平を意識した上で行われていることで、おしなべて正当な評価が下っていると思われます。その結果、お笑いは競技化が進みました。

そのメリットは意外なところまで広がっている

そのメリットは、かなり大きいと言えます。まず裾野が広がるので、お笑いの層がグッと厚みを増し、全体のレベルアップがスゴイ。その中から新しいスターが生まれ、テレビはそのスターを重宝し、私たち視聴者は大いに楽しめる。こんないいことはありません。

お笑い賞レースは、視聴者・出演者・テレビ局それぞれにメリットがある理想的なバランスを保っているのです。こんな理想的なバランスを維持できるのはなぜか? それはもう、世間がお笑いの価値を認めているからに他なりません。「人を笑顔にする」――こういったポジティブなイメージが今の笑いなのでしょう。

さて、競技化した以上は攻略法が明確になります。効率的な笑いをつくる方法 が編み出され、振られた問いに対する切り返しのマニュアルもあり、お笑い界のトレンドも分析され、それを進化させたり、はたまた逆行してみたり……と、まぁ、これだけでも突き詰めれば、相当おもしろいネタができるんじゃないでしょうか。

学生たちのお笑いコンテストも花盛りですが、彼らはそういった攻略が上手く、プロ顔負けのネタを見せてくれたりします。今の若い世代はこんな作業が得意なんでしょう。「できるだけ長く回るコマをつくりなさい」例えばこんなミッションがあったら、基本攻略は簡単に(しかもタダで)手に入るので、あっという間に多くの人が一定のレベルまで行けちゃいます。それが現代というわけです。

「人を笑顔にする」お笑いに攻略法があるのなら、それをビジネスに活用しようとする動きも出てきます。昨今、一般企業の研修に漫才を取り入れたり、芸人さんに発想術やプレゼン術を講演してもらったりと、お笑いの社会利用も盛んになってきました。これなども、お笑いが競技化したメリットのひとつだと言えます。

事実、芸人に挫折して転職や起業した人が大成功した例は少なくありません。彼らはお笑いから学んだ術を新たな業界で生かし、ビジネスを好転させたのでしょう。最近では、お笑い芸人をキャリアのひとつと考えている若者も多く、そこから弁護士になったり、医師になったり、芸術家になったり……もう何でもアリです。生かそうと思えば、どんな分野だって生かせるのが、お笑いの強み。もしかしたら将来、学校教育で笑いの授業ができるなんてこともあったりして!?

競技化できない領域こそ「芸」のようなもの

さて、このように裾野が広がった賞レースでその頂点に立つのは並大抵の実力ではありません。偉業と言ってもよいと思います。当然、彼らには芸があります。王者という勲章を胸に、その後テレビに活躍の場を移したり、舞台でネタの道を極めたりと進む先は様々ですが、どうやら、そのあたりから競技化できない領域に入っていくんだと思います。

よくわからないところに放り出されるってやつです。千鳥もかまいたちも今やテレビで何本ものレギュラーを持つ超売れっ子ですが、賞レースの決勝常連であった彼らですらテレビの中で思うままに泳ぐまでにはそれなりの年月を費やしました。

かつて、「テレビには芸が映らない」と言われていた時代がありました。藤山寛美さんや渥美清さんのような、舞台で叩き込んだ芸を伝えるのにテレビは向いてないと考えられていたのです。

そこで、テレビはアドリブの雑談や素人イジリ、何かが起こるハプニング性で引きつけるといった笑いが全盛期になるのです。欽ちゃん、たけしさん、さんまさん、とんねるず……。とんねるずに至っては「自分たちはテレビで遊んでいるだけ」「芸なんてない」とまで言ってます。

そして令和の今、これら大御所たちの活躍を冷静に振り返ってみると……これだけ多くの人を楽しませ、釘付けにしているという点だけで評価しても、それらはもう立派な芸でしょう。テレビの中の芸。テレビ芸です。

ただ、テレビの中はあっという間に変わってしまいます。

ですから“芸”と呼ぶほどだと思えなかったり、攻略法が見えづらかったりするんだと思います。今、テレビ番組は細かく決められて制作されていることが多く、雑談や素人イジリ、無軌道なハプニングはめっきり減りました。そんな中でも、やはり芸を編み出しているんだと思います。

今、テレビで見る、上田晋也さんの司会ぶりやサンドイッチマンの好感度高めな振る舞い、カズレーザーさんのコメント、チョコレートプラネットのマルチな対応能力……これらもいずれ芸だと認識する時が来ると思います。ただし、伝承されるかどうかは別ですよ。敢えて言えば、競技化できない領域にあるのが今のプロの芸なんでしょう。

ちなみに、賞レースで頂点に立ち、その後も舞台でネタを極める道へ進んだとしても、やはりその先はよくわからない領域が待っているんだそうです。あるM-1王者のコンビが、放送後に「決勝でやったネタを舞台でやってみたが、あまりウケなかった」と語っているのを聞いたことがあります。本人たちもその理由はわかっており、そもそもテレビのあの緊迫感のあるスタジオと劇場の客席ではお客さんのネタに対する見方がまったく違うのです。舞台で生きていくというのもまた競技化できない道なんでしょう。
テレビのお笑い賞レースは、その前哨戦と言ってよいかと思います。先日たまたま『ytv漫才新人賞選考会ROUND2』がやっていたのでTVerで見ました。コンビ「丸亀じゃんご」と「たくろう」がおもしろいと思いましたが、他にも有力コンビはたくさんいると感じました。
その場はランキングがつきますが、上位の者こそランキングとは関係ない世界へ近づいていくわけで、芸人さんとは掴みどころのない仕事だとつくづく思います。だから私たちを惹きつけるんでしょうね。

【文:鈴木 しげき】

執筆者プロフィール
放送作家として『ダウンタウンDX』『志村けんのバカ殿様』などを担当。また脚本家として映画『ブルーハーツが聴こえる』連ドラ『黒猫、ときどき花屋』などを執筆。放送作家&ライター集団『リーゼント』主宰。
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