落語家の超新星・桂天吾を練り上げる師匠からの言葉

2022.07.10

落語家の超新星・桂天吾を練り上げる師匠からの言葉
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落語家・桂南天さんに弟子入りし、今年5月末で3年の修業期間を終えた桂天吾さん(26)。キャリア約1カ月ながら華のあるルックスもあいまって早くも注目を集めています。関西学院大学の落語研究会に入るまで落語との接点はなかったといいますが、人生の分岐点となった師匠との出会い。そして、師匠の言葉の奥行きとは。


―小さな頃から落語家になろうと思っていたのですか?

子どもの頃からお笑いは好きで、特に深夜ラジオが好きだったんです。ラジオの中でも特に聴いていたのは「ウーマンラッシュアワー」さんの番組で、子どもながらにしゃべることの面白さは感じていました。

ただ、落語とはほとんど接点もない状態で大学に入りました。何かサークルに入ろうか。そこで出てきたのが小さい頃からあった“しゃべることへの思い”だったんです。お笑いも好きだし、それならば落語研究会がちょうどいいんじゃないかなと。

そこに現在プロとして活動してらっしゃる三遊亭歌彦さん、桂源太さんらが先輩としていらっしゃって、影響を受けて日々けいこをするようになっていきました。その結果、全国から学生が集まる落語の大会でそれなりの成績を残せるようになっていったんです。

―そこからプロの世界に入ろうと思ったきっかけは?

大学3年の頃、就職を考えないといけない時期になって、このまま落語家になるのか、就職するのか。ギリギリまで悩みました。ただ、あきらめきれなかった。それが本当に正直なところだと思います。

それと、これこそご縁なんでしょうけど、その頃に師匠(桂南天)の高座を見る機会があったんです。そこで師匠の「阿弥陀池」を見たんです。

多くの落語家さんがされる噺ですけど、師匠の「阿弥陀池」を見て「こんなに面白いネタやったんや…」と衝撃を受けまして。そこで一気に背中を押された。そこは非常に大きかったと思います。

―実際にプロの世界に入ってお感じになったことは?

学生の頃は出番時間6分だとか非常に短い世界だったので、落語と言っても漫才のようにボケとツッコミをポンポンと入れた噺をする。そんなことが多かったんですけど、プロの世界は高座の時間も長いし、もちろん笑いも大切なんですけど、それ以外のことの能力や正確性が求められる。それを強く感じました。

そんな中で、入ってすぐ師匠に言われた言葉があったんです。

「上下(じょうげ)を気にしなさい」

例えばカバンにしても、普段から地べたに置いているカバンだったらご飯を食べるような机の上に置いてはいけない。そういう上下の感覚が物のみならず人間にある。あなたは入ってすぐの人間だから、この世界では一番下にいることになる。部屋に入る時に靴を揃える。物があってもそれをまたぐのではなく横にどけてから歩く。一つ一つそういう基本となる考え方を“上下”ということを軸に教えてもらいました。

もちろん社会のマナーとしても求められるものなんですけど、それが落語にもつながるんだということを今は痛感しています。

噺にはいろいろな立場の人が出てくる。それを自分一人で演じるにあたって、それぞれの上下や感情の変化を正確に把握しておかないといけない。

例えば「崇徳院」という噺では、旦那さんと番頭が出てくるんですけど、旦那さんが徐々にイライラしてきて番頭への口調も変わってくる。このあたりの質感も、ベースとしての人間関係や位置関係をしっかり把握しておかないと立体感が出ない。そこをしみ込ませておくためにも、日ごろから“上下”というものを意識しなさいと。

―確かに“しっかり”生きていないと“ムチャクチャ”の意味も把握できませんものね。

そうですよね。そこの成り立ちも教わっていると感じています。

あと、上下の話もしながら、師匠は常にフラットで中立なんです。偏りなく、全てをニュートラルに見るというか。

上下という概念からすると、僕は弟子ですから。いわば、もっと邪険に扱っても問題はないと思うんですけど、おけいこが終わったら必ずお茶を出してくださるし、雨が降っていたら車で送ってくださる。本当にフラットなんです。

師匠がそうやって接してくださるならば、自分が人と接する時には少なくともそれ以上の気遣いをしないといけない。落語のみならず全てにおいて「基本」を教わっている気がしています。

…あんまり真面目なことばっかり言うてても恥ずかしいもんですけど(笑)、でも、本当に思っていることですしね。師匠、そして、応援してくださっている方々にお応えできるよう、なんとか頑張っていきたいと思っています。
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■桂天吾(かつら・てんご)
1996年7月7日生まれ。兵庫県出身。本名・浮気紳吾(うき・しんご)。関西学院大学の落語研究会で落語を学び、2019年に桂南天に入門。今年5月末で修業期間を終え、落語家として歩み始める。趣味はドラマ鑑賞、絵、釣り。特技は書道。7月30日に兵庫・神戸三宮シアター・エートーで行われる落語会「神戸三宮 南天の会」にも出演する。



執筆者プロフィール
中西 正男(なかにし まさお)

1974年生まれ。大阪府枚方市出身。立命館大学卒業後、デイリースポーツ社に入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚などを大阪を拠点に取材。桂米朝師匠に、スポーツ新聞の記者として異例のインタビューを行い、話題に。2012年9月に同社を退社後、株式会社KOZOクリエイターズに所属し、テレビ・ラジオなどにも活動の幅を広げる。現在、朝日放送テレビ「おはよう朝日です」、読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」などにレギュラー出演。また、Yahoo!、朝日新聞、AERA.dotなどで連載中。
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